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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6578号 判決

判   決

東京都中央区日本橋浜町三丁目七番地

原告

戸張周治

右訴訟代理人弁護士

山田靖彦

設楽敏男

右訴訟代理人補佐人弁理士

鈴江武彦

東京都江東区深川牡丹町二丁目十九番地

被告

太洋興業株式会社

右代表者代表取締役

中村正六

右訴訟代理人弁護士

水野東太郎

荒井秀夫

平岡高志

阿部裕三

右当事者間の昭和三七年(ワ)第六、五七八号実用新案権侵害禁止請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

原告訴訟代理人は、「一 被告は、別紙(一)記載の温床用覆布(商品名ビニネット)を製造し、使用し、譲渡し、貸し渡し、または譲渡もしくは貸渡しのために展示してはならない。二 被告は、その占有する前項記載の温床用覆布を廃棄せよ。三 訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに前記第二項について仮執行の宣言を求めた。

被告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

(請求の原因)

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一  原告の実用実用新案権

原告は、次の実用新案権を有する。

登録番号 第五一七、三一〇号

考案の名称 温床用覆布

出   願 昭和三十三年十一月二十四日

出願公告 昭和三十五年三月三十一日

登   録 昭和三十五年八月十一日

二  登録請求の範囲

本件実用新案登録出願の願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載は、別紙(二)の該当欄記載のとおりである。

三  本件登録実用新案の要部および作用効果

(一)  本件登録実用新案の要部は、次の(1)および(2)の要件からなる温床用覆布の構造である。すなわち、

(1) 塩化ビニール樹脂、ポリエチレン樹脂等の皮膜体と、化学繊維または天然繊維の網目体とを連着してなるものであること。

(2) 皮膜体の幅が、温床覆布全体の横幅の二分の一以上であり、網目体の幅が、温床用覆布全体の横幅の二分の一以下であること。

(二)  本件登録実用新案の作用効果

本件登録実用新案は、従来の皮膜体または網目体のみからなる温床用覆布と異なり、天然繊維あるいは化学繊維の網目体が熱の不良導体であり、対流を生じさせない膜を張つたのと同じ効果を生ずるから、必要以上に風を通すことがなく、また熱を一方的に温床内に貯めることもない。

その結果、温床内に風を入れたり、温床内の植物に日光の直射を与えるために、一々覆布を取り外す必要がない。

なお、本件実用新案登録出願の願書に添付した明細書の実用新案の説明には、本考案は網目体を南側になるように温床にかぶせて使用する旨の記載がありその使用に伴う作用効果が説明されているが、これは使用上の作用効果であり、温床用覆布の構造に関する本件登録実用新案においては、そのような作用効果は全く二次的な意味をもつにすぎない。

四  被告の製品およびその製造販売等

被告は、現在、別紙(一)記載の温床用覆布(以下「本件温床用覆布」という。)を業として製造および販売し、その所有に属する本件温床用覆布を占有している。

五  本件温床用覆布の構造上の特徴および作用効果

(一)  本件温床用覆布は、

(1) ビニール膜1、2(番号は、別紙(一)添付の図面に附されているものを示す。以下、本件温床用覆布について同じ。)の皮膜体と化学繊維製の寒冷紗からなるネットを連着してなること。

(2) 皮膜体の横幅は合わせて約百七十糎、ネットの横幅は約十五糎であること。

を構造上の特徴とする。

(二)  しかして、右構造上の特徴は、本件考案の要部を構成する各要件と同一であり、その作用効果は、本件登録実用新案のそれをすべて含んでいる。

六  本件登録実用新案と本件温床用覆布との比較

(一)  以上のとおりであるから、本件温床用覆布は、本件登録実用新案の技術的範囲に属する。

(二)  なお、本件温床用覆布のネット3は、ビニール膜1と2の間に介在し、温床用覆布の中央に位置しており、その結果、ネット3を通して温床内に水や薬剤を散布することが可能であるが、ネット(網目体)が温床用覆布の中央にあるか端部にあるかは、本件登録実用新案の要部ではなく、右作用効果は本件登録実用新案の要部に属しない構造がもたらす附随的なものにすぎない。

(三)  本件考案の要部が仮に被告主張のとおりであるとしても、被告の製品は本件考案と同一構造のものにさらに右の構造部分をなす皮膜体の横幅以下の横幅を有する皮膜体を網目体の外側に取りつけたものにすぎず、作用効果も前記のとおり本考案のそれと同一であるから、本件登録実用新案の権利に低触する。

七  差止請求

被告は、前記のとおり本件温床用覆布を製造販売して本件実用新案権を侵害し、さらに、右侵害行為を組成した本件温床用覆布を所有占有しているから、請求の趣旨第一、二項のとおり被告に対し右侵害行為の差止ならびに被告の占有する右物件の廃棄を求める。

(答弁)

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

一  請求原因一の事実は、認める。

二  同二の事実は、認める。

三  同三の(一)の事実は、争う。本件登録実用新案の要部は、温床用覆布の横幅の二分の一以上の幅を持つた塩化ビニール樹脂、ポリエチレン樹脂等よりなる一つの皮膜体の一方に温床用覆布全体の横幅の二分の一以下の幅を持つた化学繊維または天然繊維よりなる一つの網目体を連着してなる温床用覆布の構造である。

四  同三の(二)の事実のうち網目体が熱の不良導体であることおよびこのため必要以上に風を通さないとの点は知らないが、その余の事実は認める。ただし、網目体を南側に向けて使用することにより、日光が直接温床内の植物に当たり、南側の風通しがよく、北側は皮膜体により二分の一以上覆われているため北風および斜上よりの風を防ぐ等の効果を有するのは本件登録実用新案の要部が前記のとおりであることに基く本質的な作用効果である。

五  同四の事実は、認める。

六  同五の事実は、争う。

(一)  本件温床用覆布の構造上の特徴は、次の(1)および(2)にある。すなわち、

(1) 温床用覆布全体の横幅の二分の一以下の等しい幅を持つた、二つのビニール膜1および2と一つのネット3との三部材を連結してなること(この点において、本件考案が皮膜体と網目体の二つの部材よりなるのと異なる。)。

(2) ネット3がビニール膜1および2の間に介在し、温床用覆布全体の中央に位置していること(この点において、本件考案が網目体を皮膜体の一方の側に延出してなる構造であるのと異なる。)

(二)  本件温床用覆布においては、ネット3がその中央に位置している結果、温床がいかなる方向に設営されるかにかかわらず、広く覆布として使用することができ、またネット3を通して水や薬剤を温床内に散布することができる等の作用効果がある反面、本件登録実用新案が網目体を南側に向けて使用することによつて得ることを期待した作用効果は認められない。

七  同六の事実は、争う。

前記のとおり、本件温床用覆布は、本件登録実用新案の要部を構成する要件を欠くばかりでなく、その作用効果も全く異なるから、本件登録実用新案の技術的範囲に属しない。

八  したがつて、原告の請求は失当であるから、棄却さるべきである。

(証拠関係)≪省略≫

理由

(争いのない事実)

一  原告が、その主張する実用新案権を有すること、本件実用新案登録出願の願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載が別紙(二)の該当欄記載のとおりであること、および被告が現在本件温床用覆布を業として製造および販売していることは、当事者間に争いがない。

(本件温床用覆布は、本件登録実用新案の技術的範囲に属するか。)

二  本件温床用覆布は、本件登録実用新案の技術的範囲に属しない。すなわち、

(一)  当事者側に争いのない前掲登録請求の範囲の記録に、成立に争いのない甲第二号証中実用新案公報の記載、とくに、その実用新案の説明欄の「本案は皮膜体1を横幅のとし網目体を横幅のの割合で之に連着してあり、」との記載および証人(省略)の証言を参酌して考察すると、本件登録実用新案は、温床用覆布の構造に関するものであり、その要部は、温床用覆布全体の二分の一以上の横幅を持つた塩化ビニール樹脂、ポリエチレン樹脂等よりなる一つの皮膜体に、温床用覆布全体の横幅の二分の一以下の幅を持つた化学繊維または天然繊維よりなる一つの網目体を連着してなる点にあること、しかして、その作用効果は、右の構造から網目体が必然的に覆部全体の端部に位置することとなり、その網目体を南側に向くように温床骨格を被覆することによつて温床の用いられる冬期間中、日光が南側端部の網目体を通して直接温床内に差しこんで植物に当たるようにすることができまた網目体であるため南側の風通しがよくなり、しかも北側は皮膜体によつて以上覆われているため、北風および斜上からの回り風をほぼ完全に防ぐことができ、苗を合理的に発育させることができることにあることが認められ、甲第二号証((省略)の鑑定書)記載の見解は前掲各証拠に照らし到底採用しがたく、他に右認定を左右するに足る資料はない。

(二)  しかして、本件温床用覆布の構造が原告の主張のとおりであることについては、当事者間に争いがない。

(三)  前掲甲第二号証中の実用新案公報の記載に、証人(省略)の証言および鑑定人(省略)の鑑定の結果を参酌して、本件登録実用新案と本件温床用覆布とを対比するに、本件温床用覆布は、覆布全体の横幅の二分の一以下の幅を持つた二つのビニール膜1および2と一つのネット3の三部材よりなることおよびネット3がビニール膜1および2の間に介在し、温床用覆布全体の中央に位置しており、本件登録実用新案におけるように網目体が温床用覆布の端部にない点において本件考案と構成を異にし、またその結果、本件考案の有する前記の作用効果を期待することができないことが認められるので、両者はその構造および作用効果を異にするものといわざるをえない。

(四)  なお、原告の製品は、本件考案と同一構造のものにさらに皮膜体をネットの外周辺に連着したにすぎないから、本件登録実用新案の権利に牴触する旨主張するが、被告の製品は、本件登録実用新案と構成および作用効果を異にすること、前認定のとおりであるから、右原告の主張は採用の限りでない。

したがつて、本件温床用覆布は、本件登録実用新案の要部を構成する要件を欠くほか、作用効果をも異にするものであるから、もとより、本件登録実用新案の技術的範囲に属するものとはいいがたく、他に、この点に関する原告の主張事実を肯認するに足る資料はない。

(むすび)

三 以上説示のとおりであるから、本件温床用覆布が本件登録実用新案の技術的範囲に属することを前提とする原告の本件請求は進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。よつて、原告の本訴請求は棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 武 居 二 郎

裁判官 佐 久 間 重 吉

別紙(一)

被告の温床用覆布

第一図は温床用覆布の平面図、第二図は第一図のA―A′線断面図、第三図は使用説明図を示す。

竹、木材その他を組み立ててなる骨格を被覆して用いる温床用覆布で、幅約八十五糎の2と互いに等しい幅を持つビニール膜1と、幅約八十五糎の1と互いに等しい幅をもつビニール膜2の間に、幅約十五糎の繊維製寒冷紗からなるネツト3を挾み、該ネツトの両側辺を上記ビニール膜1とビニール膜2にそれぞれ溶着または縫着して、上記ビニール膜1とビニール膜2との間にネツト3を介在連結し、温床用覆布全体の横幅を百八十三糎にしたものである。

実用新案公報 実用新案出願公告昭和三五―五八一七

公告 昭三五・ 三・三一

出願 昭三三・一一・二四

実願 昭三三―六二一九四

出願人 考案者 戸 張 周 治

東京都中央区日本橋浜町三の七

代理人 弁理士 鈴 江 武 彦

(全二頁)

温床用覆布

図面の略解

第一図は本案の平面図、第二図及び第三図は第一図のA―A′線断面図及び一部拡大断面図、第四図は使用説明図を示す。

実用新案の説明

本案は竹、木材その他の組立ててなる骨格を覆布で被覆する農作物用の温床に用いる覆布に関するもので、図面に示すように横幅の二分の一以上の幅を持つた塩化ビニール樹脂、ポリエチレン樹脂等の皮膜体1を横幅の二分の一以下の幅を持つた化学繊維又は天然繊維よりなる網目体2に連着してなる温床用覆布の構造に係るものである。

図中3は皮膜体1と網目体2の連着部41、42……は骨格を示す。

なお皮膜体1と網目体2の連着は連着部3を重ね合わせて溶着又は縫着するか、或いは網目体2を全体の幅とし網目体2の必要部分に皮膜体1を貼着するかによるものである。

本案は皮膜体1を横幅の二分の一〜三分の二とし網目体2を横訴二分の一〜三分の一の割合で之に連着してあり、網目体2を南側に向けて使用するものである。温床が用いられる冬期間日光は南側から差し込むため日光が直接温床内の植物に当り、又網目体2であるため南側の風通しよく、北側は皮膜体2によつて二分の一以上覆われているため北風及び斜上よりの回り風はほぼ完全に防ぐことができる。

従来の皮膜体で完全に覆うものは風通し悪く、手も入れられぬ程温度が上昇したり逆に網目体のみのものは温度が冷下する等苗の発育上極めて不合理なことが生じていたのに反し。天然繊維或いは化学繊維を編組した網目体2は熱の不良導体であるから網目体2により対流を生じさせない膜が張られたような効果を生じるから網目体2の部分があつても、該部は風が必要以上には通らない。又逆に熱を一方的に温床内に貯めることもなく常に適当の温度状態に保ち続けるから、風を入れたり日光の直射を温床に植えられた植物に与える等の温度、天候条件により取外したりする必要なく、従来のもののように空気を遮断する膜或いは布のみでできたものと異り一々皮膜或いは布を外して風を入れなくても良いので実用上の効果に富むものである。

又網目体2の連着部3でない他方に鉛等の重錘を付し、土中に埋めることも可能であり皮膜及び網に化学繊維を用いれば腐敗する虞なく実用上永久性を有するものできる。

登録請求の範囲

図面に示すように、横幅の二分の一以上の幅を持つた塩化ビニール樹脂、ポリエチレン樹脂等の皮膜体1を横幅の二分の一以下の幅を持つた化学繊維又は天然繊維よりなる網目体2に連着してなる温床用覆布の構造。

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